今日、気仙沼(宮城県)に住んでいるおじいさんが亡くなりました。
本人はまだ生きたかったでしょうが俺から言わせてもらえば大往生です!
なんせ90年も生きたのですから!
俺の親父は今から2年前に亡くなっていますので
要するに息子より長生きしたって事です。
俺の親父は60歳でした。
死因ははっきりと医者から聞いたわけではないので嘘か本当かも分かりませんが
おそらくは酒とタバコの過剰摂取による肺梗塞が原因だと同じ職場に人に聞きました。
俺の親父は船乗りで家に帰ってくるのは1年半に1回で、滞在期間は1〜2ヶ月ぐらい
なので26年生きていてまともに親父と過ごした期間っていうのは
そんな無かったと思います。
親父はヤクザみたいな人で^^いつも西部警察でしったけ?の大門(渡哲也)がしていた
みたいなグラサンをかけていましたw
親父の丘での趣味はパチンコで(俺にしっかり遺伝してる・・・)
親父の必殺技は、あまりにも出無すぎると店員を呼び、店長を呼び、脅すwww
オカア(母親)の話では台のガラスも何台か壊したそうですw
俺は親父に遊んでもらった記憶はそんなに多くありませんが
それでもそんな親父が大好きでした。
親父は家に居る時で酒が入っているときはいつも俺に
「俺は60で死ぬから後はお前がしっかりして○○○(オカアの名前)を支えるんだぞ!」
と言っていました。
ホントに60歳で死ぬとは夢にも思いませんでしたね^^
親父は若い頃に外国で黒人に襲われ胸を9箇所刺されても死ななかった男なんです (3ヶ月意識不明+肺が片方機能しなくなった)
しかしそれでも親父は大酒飲み+ヘビースーモーカーのスペシャルコンボを止めず^^
まあ元から長生きしようなんて微塵も考えていなかったことは確かですね。
親父はアフリカのケープタウンで死にました。 (船内の親父の部屋には大量の酒の空瓶とタバコが置いてあったみたいです。 兄貴談)
親父・・・まだまだ、っていうか俺と親父の関係はこれからだったのに
親父が船乗り引退したら、酒を肴に話したいことがいっぱいあったのに
小さい頃は話せなかった恥ずかしい話も今なら話せるのに
「親父はいつもこんな感じ。死に方なんてマジで親父らしい。」
多分親父的にはこんな死に方でもあの世で納得してるんだと思います。
そんな人なんです。(何がどうなったとしても、その後に後悔しないタイプ)
融通無碍っていうんでしょうか
漢らしい 羽振りがいい どんなトラブルにも動じない わが道を行く
って感じの人でした。
俺が唯一尊敬している人間です。
親父が生きてるときはこんなこと思いませんでしたが、なんか不思議です。
もし死んだ先にあの世があれば、もう1度親父と会ってみたいですね^^
おじいさんの話が親父の話になってしまいましたが
でもいつか親父の話をブログに書こうと思っていたんです。 (おじいさんが亡くなったので親父の話も書くことにしました。)
おじいさんとは今までで2回ぐらいしかあったことがありません。
2回目は2年前で親父が亡くなった時です。(宮城県まで報告しに行った)
なので殆ど付き合いが無かったのですが、親父の親父ですからね。 (親父もあまり好きではなかったらしいですが)
俺のおじいちゃんですし、行ってきます。
明日からしばらくの間家を空けるので
ブログの更新はしばらくお休みします。
っていつも不定期更新なんで↑の言葉が無くても全く心配されないと思いますが(笑
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